痛み

人間には肉体的な痛みと精神的な痛みがある。ひょっとすると、肉体的痛みというのは精神的痛みというのをやわらげる効果がある可能性がある。今日、歯医者に行った、すると、神経を削る作業を施された。とても痛かった。これは、言葉では説明できない。かといって、肉体的に貴方にも同じ痛みを経験させることもできない。こういった肉体的な痛みが集中するとき、極度に集中すると、精神的痛みなどはどこかに飛んでしまうことがある。これはなんだ?今もわからなくなって、精神的痛みが少しだけ出てきたと思ったら、ギーンと痛みが走った、そして、一瞬にして精神的な痛みがどこかへ葬られた。このような状況になると、全神経を歯に集中せざるを得なくなる。悩むどころではなくなる。本来、我々は痛みというのを感じ取るために、一杯努力し、そういう神経系統を育てている可能性がある。そして、痛み、例えば今感じているような非常にまれな痛みに備えて、常に準備している可能性がある。しかし、問題は、それがなかなか起こらないときで、その場合、準備された痛みへの用意は別の用途に用いられる。この時発生するのが、精神的な痛みで、恐らくは、痛みを感じ取る時に発生する脳内の作用が、精神的な痛みにすりかえられてしまう。これは、本来ないはずの痛みを精神的に作り上げてしまうことになる。あらゆる事件が、歯の神経を触っている時のようなものと置き換えられ、痛みとして感じられる。 恐らく、真の勇気とは、こういった痛みを予測したり、痛みに備えたりしないで、思いっきり痛みを感じて、忘れることである。忘れるというか、逆にはっきりとそれを感じ、覚えておく、しかし、もう一回起こるかもしれないと思い、それに対して準備するということは必要でない。そのようなことをすると、痛みを感じとるための神経回路が作られてしまい、本来痛くないものを痛みと感じることになり、これは、説明がつかないので、それを精神的な痛みと説明しているに過ぎないのかもしれない。