王の見た夢 

あるとき、ある所に、それぞれイスラム教徒、キリスト教徒、ユダヤ教徒である大臣を三人か かえ る王がいた。この三人はみな賢くて夢を解釈することができたが、ある日のこと、王は非常に 難し い問題をだして、三人を驚かせた。いつもなら王は前夜どんな夢を見たのかと問うのだが、そ の時 の質問は「予は今夜どんな夢を見るのか?」だった。これは確かに難問である。 イスラム教徒の大臣は考えて、考えて、考え抜いた。「陛下」と彼は言った。「陛下は黄金の 馬車 に乗っておられる夢をご覧になります。」 キリスト教徒の大臣も答える前にじっくりと時間をかけた。「陛下は夢の中で戦争に勝利され ます」 ユダヤ教徒である大臣は考えたりせずに即座に答えた。「陛下、陛下は石打ちされ、鞭打ちさ れ、 あまりの痛さに気が狂い、精神病院に運び込まれる夢をご覧になります。」 「何という夢か」と王は言った。「結果は今晩に出る。」王は三人の大臣に次の日の朝、伺候 する ように申しわたすと、その日は解散させた。王の前から退出すると、キリスト教徒とイスラム 教徒 の大臣はユダヤ人の大臣を笑った。「王がそんな夢を見るなんて!」と彼等は言った。だが、 王自 身は最初の二人の大臣が告げた楽しい夢のことなどどうでもよかった。彼にはユダヤ人の大臣 の告 げた奇妙な予言だけが気がかりであった。王は終日それについて考え、忘れようとすればする ほど それが王の思いから離れることはなく、横になって寝る頃には頭の中はそのことでいっぱい で、 ついにその夢を見てしまった。王は夢の中で自分が精神病院ではなくて王の輿にの中にいるこ とに 気づいたとき、恐怖から開放された。 朝になって三人の大臣が伺候すると、王は彼らに自分の見た夢を告げ、ユダヤ人の大臣を賞賛 し、 たっぷりと褒美を与えた。イスラム教徒とキリスト教徒の大臣であるが、彼等は何のおほめに もあかれずに立ち去った。

 

泥棒から何を学べるか?

聖人のようなラビ・ズスヤは、メズリッチのツァディックであるラビのドヴ・パエルの弟子だ った。 あるとき彼は尊師に、創造主を拝する特別な方法を教えてくれるようもとめた。「あなたに教 える ことなどありませんよ」とラビのドヴ・バエルは答えた。「どんな子供や泥棒から学べるから です」 「何ですって、子供から学べるのですか?」仰天した弟子は尋ねた。 「三つの仕方で」と尊師は答えた。「第一に、子供は幸福である理由を必要としません。第二 は、 子供はいつも忙しくしています。そして第三に、子供は何かを欲しがれば、手に入れるまで泣 き 叫びます。 「それじゃ、何を泥棒から学ぶことが出きるのでしょうか?」とラビのズスヤは尋ねた。 「泥棒からは、、、」とラビのドヴ・バエルは答えた。 「七つのことを学べます。第一に、昼間だけでなく夜も仕事に専念していることです。第二に 最初 成功しなくとももう一度兆戦することです。第三に、仲間を大切にしていることです。第四に たとえ 小さなことであっても命をかけていることです。第五に自分の手にしたものにあまり価値をお かず わずかな生活費のためにそれを売っていることです。第六に、困難だからとか難しいからとい って 延期したりしないことです。そして第七は、ひとかどのものになろうなどと思わずに自分が自 分で あることに満足していることです。」

 

正しい道

ある男が森の中で道に迷い、幾日も正しい道を探しつづけて彷徨した。その時突然、一人の男 が 彼の方に向かって近づいてくるのを目にした。大喜びして彼は尋ねた。「兄弟よ、どちらが正 しい 道なのだ?道に迷ってもう何日にもなる。」 「兄弟よ」と男は返事をした。「私もわからない。何しろおまえさんより長い間この森で迷っ ているのだ。 だが、一つだけ教えてやる。それはわたしが来た道を取らないことだ。わたし自身が迷ったか らだ。」 この話は新年の祝祭日であるロシュ・ハシャーナの前夜に、ザンツのツァディックであるラビ の ハイームが語ったものである。